まるで新興宗教の集まり
かつてこんな光景を目撃しました。
確か山中湖に面した研修施設。駐車場には高級外車がずらりと並んでいます。広い研修所に入ってみると、小グループに分かれた人たちが車座になって、主役を今や遅しと待ち続けます。すると場内は突然暗くなり、大音響の音楽とともに、スポットライトの明りの中に、出現を待ち望んでいた「会長」が現れ、赤いじゅうたんのうえを重々しく歩き出します。
「会長」は割れんばかりの拍手の中、壇上に進むと拍手を制します。同時に音楽がやみます。そしておもむろに会長は語り始めます。
なんの話しだったか憶えていません。でも、話し終えると割れんばかりの拍手。そして車座になった銘々が語り出します。あのときの自分はダメだった、でも会長に出会って一変した、現在の自分があるのは〇〇会長のおかげと、それぞれが会長礼賛の言葉を述べるのです。
そのうち感極まって「会長ーっ!」と叫び声が起こります。すると、呼ばれた〇〇会長は叫んだ人のところへ歩み寄る。叫んだ人は会長の腰に抱きつき、「〇〇会長、ありがとうございました!」と絶叫しながら涙を流す。すると堰を切ったようにあちこちのグループから絶叫が起こります。そして会長に泣いてすがって「ありがとうございました!」と身を震わす。
大の大人がですよ、感極まって身を震わせて涙を流す。まるで異次元の世界。新興宗教の集会に紛れ込んだかと思うほどの異様な光景が展開されていくのです。
かつて業界を風靡(ふうび)した美容団体のことです。スタッフ1人あたり100万円の売上をめざそうと標榜する団体で、急激に会員、いや“信者”を増やしていきました。標榜自体はいいのです、誰も反論しません。しかしその実体は、〇〇会長がメーカー機能を持った組織の代表も兼ねていて、自社製品であるヘアケア商品を信者に買わせることにあったのです。
信者を増やせば増やすほど商品は売れる。会長は巨万の富を蓄えます。いくら売っても儲かるのは会長だけ。やがてこのカラクリに気づいたのか、間もなく火が消えたようにこの団体は消滅してしまいました。多くの経営者の消息さえわかりません。
本当に美容業界に起こった怖い出来事です。カリスマ美容師ブームが起こる以前、すでに過当競争に業界は突入していて、技術だけで経営者になった人たちがマネジメント不在で業績を上げられない、どうしていいかわからない、安売りの店があちこちに出現してお客を奪っていく。不安にさいなまれ閉塞感に覆われた時代にこの団体は登場したのです。
ワラをもつかむ悲惨な経営実態
前後して忌まわしい殺人事件が連続して起こりました。華やかな美容業界での殺人とマスコミはこぞって取り上げました。
怖い話はまだまだあって、マルチ商法も美容業界に吹き荒れました。顧客を持っている美容室ですから、マルチ商法に狙われやすい。知り合いの美容室経営者からこの手の商法のすばらしさを何度も吹聴されたことがあります。そんなことやめておけと、こちらも何度も説得しましたが聞く耳を持たず。しかし、そんなサロンへ行くたびにしつこく勧誘ばかりされますから、お客様から敬遠され、信頼を失って、間もなくサロンは消えてなくなりました。
あのときの状況に酷似
なんでこんな怖い話をするのかというと、今の美容業界があの時代に酷似ていると思うからです。いや、状況はもっと切迫しています。一部のサロンを除いて多くのサロンが売上を落とし、よくて前年並みを維持するのがやっと。そして今年は消費増税のあおりを受け、史上最多の美容室倒産が起こっています。
知人のところで目撃した光景です。特殊技術を導入するのに少なくない費用が発生します。説明会に参加した経営者がコッソリと主催者に告げました。どうしても導入したい、でも今、破産宣告の準備中だ、分割にしてくれないかと。むちゃくちゃな話ですが、悲惨な現実の一端を垣間見た思いです。
チェーン店においても事情は同じで、既存店は軒並み売上を落とし、かろうじて新規出店で売上増をはかっている、そんな現状です。
だからなのだと思います。あまりに安易に、力があると表面的に評判の経営者のもとに無批判に人が集まります。多くはFCに加盟するためです。FCに加盟すれば状態はもっとよくなるはずだと。しかしよほどのブランドでない限り長続きはしません。考えてみてください。FCで成功したブランドってこの業界にありましたか?
FCの本部が次に考えることは明白です。市場の限界が来る前に加盟オーナーを見限って次の事業を立ち上げることです。FCに加盟した経営者はやがて売上を落とし事業の存続が不可能になります。
だからなのだと思います。ずいぶん怪しいコンサルタントが跋扈(ばっこ)しています。そのコンサルのスタイルは経営者への恫喝や根拠のないモチベーションの鼓舞ばかりで、その実、中身がありません。だいたい経営のことがわかりません。マーケティングも知らなければ、組織マネジメントもわからない。そんな輩(やから)に「先生」と言って崇め奉っても結果は知れたものです。貴重なお金をドブに捨てるようなもの。
けっして騙されてはいけません!
どこぞの商品を画期的だと飛びついて高い販売権を買って仕入れたところが、売りつけられたお客はその店に行くこと自体を敬遠し、その店から離脱してしまいます。美容室販売が一段落したところで次にメーカーが考えたことは、その商品をディーラーに任せ、一気にサロンに売り込みをかける。さらに次の手で、一般流通に乗せて、あるいはネットで販売する。
サロンの経営者をその気にさせておだて上げ、二階に上げてハシゴを外す。まるで美容室流通はテストマーケティングに利用されるだけ。
こんなことを何回繰り返して騙されれば目が醒めるのでしょうか。
最近は集客サイトが業界を席巻してしまいましたが、これだって正しいマーケティングの知識があれば、実質的安売りのクーポン集客なんて方法は取らなかったはず。
理美容業界はここ5年間で500億円の売上を失って、反対に巨大集客サイトは500億円の売上を上げるまでになったのです。サロン全体の売上はそっくりそのまま持っていかれた格好じゃないですか。
安定した顧客を持っている美容室は異業種から狙われています。なかには詐欺まがいの怪しい集団がいくつも存在します。
ジャンク情報なのか、価値ある情報なのか、情報を見極める眼を持つことが望まれます。そして、しっかりした価値判断ができる土台を築くためには、なによりも勉強が必要ですね。危機感を持ってそう思います。
決断は、じつのところそんなに難しいことではない。
難しいのはその前の熟慮である。
(徳川家康)