根拠のない値下げの横行
当たり前のように施術料金を20%OFF、30%OFF、なかには50%OFFなんて値引きをしている広告を見かけます。こんなに頻繁に見かけると、はたして正規の料金自体を疑ってかかってしまいますよね。
そして、その値引きが果たしてどれだけの集客につながっているのか、売上と利益の関係はどうなのか、ちゃんと裏付けのないままの値下げが横行しているようです。
ライバル店が思い切った値下げをしているから? うちも負けてはいられない、と?
これではサロンは持ちません。値引き競争はどこまで続くのか?は「ゲーム理論」で説明がつきますが、今はやりません。ご希望があれば別の機会でやりたいと思います。
需要の価格弾力性
値下げをすると集客はどれくらい望むことができて、また利益の幅はどうなるのか。それにはちゃんとした科学的な裏付けがあります。科学的というのは実証可能なデータが完備しているということです。
そこで「需要の価格弾力性の公理」を取り上げます。
耳慣れない言葉かもしれませんね。
どれだけ値引きをすれば(あるいは値上げをすれば)、需要(客数)が増えるか(減るか)、という目安です。経済学部の学生なら最初に学ぶ理論で、私も経済学部の学生でしたからこれを学びました。
需要の価格弾力性は粗利益の逆数になる
経済学の公理の1つに「需要の価格弾力性は粗利益の逆数になる」という、なにやらむずかしい定理(ドーフマン・シュタイナーの公式)があるんですね。定理の背景である理屈自体は覚えなくてもいいです。こういうものなんだなといった程度で十分です。
わかりやすく実際の数字にあてはめて説明しましょう。
理美容業の粗利益率は約90%(売上から材料費を差し引いた割合)とします。その需要弾力性はその逆数で1.1(1÷0.90)となり、
5%の値引きで客数は
1.1×5%=5.5%増加する、となります。
5%値引きすると‥
たとえば客数が200人、単価8000円のサロンがあったとします。
客数は5.5%増えますから
200人×5.5%=11人
11人増えることになります。
しかし5%値引きしていますから、
8000円×5%=400円
400円の値引きで客単価は7600円です。(既存客も新規客も値下げの恩恵は平等に受けます。でないと、既存客の離脱になりますからね。)
すると、値下げによってどれだけの売上効果となったのでしょうか?
売上=客数×客単価 ですから
(値引き前)200人×8000円=160万円
(値引き後)211人×7600円=160万3600円
お客様は11人増えても売上はたった3600円しか増えないことになります。なんだかねぇ~という結果ですね。
10%値引きすると‥
では、10%値引きしたらどうでしょうか?
1.1×10%=11%
つまり200人の11%ですから22人の客数増加になります。
しかし10%の値引きは7200円ですから
222人×7200円=159万8400円
結局売上は下がってしまうのです。
では20%の値引きでは‥
では、20%の値引きでは?
1.1×20%=22%
200人の22%ですから44人の客数増加になります。だいぶ値下げの効果(需要の価格弾力性)が出てきましたね。
ところが、ところが‥‥
20%の値引きは6400円ですから
244人×6400円=156万1600円
値引き前にくらべて4万円近くも売上を落としてしまうのですよ。
自らの首を絞めるようなもの
このように、値下げの効果で客数が多くなって忙しくはなっても、そのじつ売上はダウンしているという情けない現実が待っているのですね。
おまけに、客数は増えれば増えるほどスタッフは疲弊し、余分な残業代が発生すればさらにコストを圧迫してしまいます。
粗利益率が高くなれば需要の価格弾力性は小さくなります。「1」に近い、または1以下の場合、価格弾力性は小さいと言えます。理美容業のように1に限りなく近く、また労働集約型の産業には、値下げは自らの首を絞めることになりかねません。絶対やってはいけないことです。とくに中小型サロンでは。
しかし例外はあります。ことにスタイリストデビュー直前のジュニアクラスにとって、値下げをしてでも客数をこなし、技術のスキルアップをはたしながら同時に売上も立つという戦略には適切です。
こんな例もあります。ドミナント出店です。
かつてマクドナルドが取った戦略です。同じ商圏にライバルのハンバーガーショップがありました。そこのお客を根こそぎ引き抜こうと、同じ商圏に複数のマクドナルド店を同時多発的に出店(ドミナント出店)し、値下げ攻勢を仕掛け、ライバルショップの顧客を奪って、とうとうライバル店を撤退させたという戦略です。
ドミナント出店するには豊富な資金力が必要で、もちろん中小型サロンには向かない戦略です。
もうひとつの例外として、マーケティングではフロントエンドとバックエンドという戦略があります。フロントエンド、つまり集客の呼び水として安い価格を設定し、バックエンド、つまりお店で売りたい高価格メニューを売るという戦略です。
ある経営者グループがこれを実行しました。安さにつられて一時的には集客効果はあったのですが、スタイリストのランクごとに料金が異なったり、使用する薬剤や化粧品によって価格が変動し(というよりも、だんだん高くなる)、付加メニューを勧められたりと、結局料金は高くなり、顧客の離脱につながったという苦い過去があります。
よほど高度で緻密な戦略でないと無理なのですね。(このフロントエンドとバックエンドの成功する戦略はまたの機会にお話しします)
もし顧客がどこのサービスも似たようなものとみなすなら、顧客は誰がそのサービスを提供しているかということより価格を重視するようになる。価格競争から抜け出すには、サービス内容とサービスの提供方法を開発し、そしてイメージを差別化することが必要となる。
(フィリップ・コトラー)