土方が沖田にかけた言葉
新選組が加わっていた幕府軍が敗色濃厚になったとき、病床の床にあった沖田総司は傍らに見舞った土方歳三にこう言った。
「これから新選組はどうなってしまうんでしょうね」
土方は静かに首を振った。
「どうなってしまうとは婦女子の言葉。漢(おとこ)なら、どうするという言葉しかないぞ」
なぜ同書のこのシーンが思い浮かんだのかというと、山口周さんの著作『ニュータイプの時代』の中でこういう箇所に出合ったからです。
つまり、昨今のビジネス現場においては「未来はどうなるか」という予測の議論ばかりで、「未来をどうしたいか」という論点がない、と。
経営者のマインドが萎えるとき
山口さんといえば前作『世界のエリートはなぜ「美意識」をきたえるのか?』で大いに刺激を受けてからとても注目している人で、自身のご専門はイノベーションと組織開発ということです。ところがご出身は文学部の哲学科というだけあって、その着眼点や論旨には、経営学を専門にしてきた人では持つことのない、斬新で、ナタで割ったような力強い切り口があります。
さて、経営者に求められる資質は、未来をどうするのかというビジョンです。一度掲げたビジョンは、従業員の末端まで知らしめ、ビジョン達成のために全員の気持ちを鼓舞する。たとえ困難な状況に追い込まれても弱音を吐くことなく、ビジョン達成のために突き進む強靭なマインドがなくてはなりません。
ところが、多くの理美容室経営者に接してつくづく感じることは、ビジョン達成のためのマインドが弱い、弱すぎるということです。
何がなんでもという気概は、ひとたび困難な事態に出合うと簡単に萎(な)えてしまう。そして決まって世間のせい、時代のせい、あるいは従業員のせいにしてしまう。
原因他人論、他責の人なのですね。
これではたまったものじゃありません。自分たちのせいにされた従業員はたちどころにやる気は失せ、最後には職場から去って行ってしまいます。
新人の1年後の生存率は半分程度という高い離職率はこんなところに原因がありそうです。
こういうマインドの脆弱さは性格によるものであるとは私は思いません。
では、何が原因なのでしょうか。
あなたの生きる目的と意味は?
私はひとえに経営者の「生き方」にあると思っています。生き方=経営です。経営とは人間の営みであるからです。
具体的に言いましょう。
・あなたが事業を始めた「目的」はなんですか?
・なんのためにリスクが大きい起業なんていう道を選択したのですか?
・あなたの事業(美容室)は地域社会にどんな貢献をしたいのですか?
・地域のお客様に何を提供したいのですか?
・従業員に対してどんな満足を実現させ、どんな将来像を描くことができるのですか?
・あなたが経営者人生をまっとうし、人生の終焉を迎えるとき、墓碑銘になんと刻みますか?
・あなたの人生で遺したいものはなんですか? お金ですか、名声ですか、それとも「人」ですか?
これらの質問に考えに考え抜いて出した、あなただけの独自の答え、それが「生きる目的」です。あるいは「事業の目的」です。
別名「ミッション」です。
ミッションがあれば、生きる目的と生きる意味がそなわります。
こうなると、強い。
なぜならミッションを否定されたら、自分自身の人生を否定されたことに等しいからです。
どんな困難が立ち向かってこようが、受け止め、乗り越える強さがそなわります。
経営者ばかりではありません。従業員も同じです。
仕事をして報われないな、楽しくないなと思うのは、報酬や労働環境ではありません。仕事に目的と意味が感じられないからです。
ですから、あなたは大切な従業員に仕事の目的、仕事の意味を教えてください。
そう、なんのためにこのお店が存在するのか。
地域社会の住民に、どんなサービスを提供し、それがとてつもなく社会貢献になる、仕事の崇高さを教えてください。
そして、そんな成果に対しては最大限の称賛で報いてください。
ミッションで一気通貫した組織はとてつもない強大な力を発揮しますから。
経営者には、「どうする」の言葉しかないぞ。
もし船を造りたいのなら、男たちをかき集め、木材を集めさせ、
のこぎりで切って釘で留めさせるのではなく、
まず「大海原へ漕ぎだす」という情熱を植え付けねばならない。