緊急対応/新たな日常への移行/適応
持続化給付金の不透明な外部委託の問題で安倍政権のアキレス腱にもなりかねない、そんな揺れに揺れている経産省ですが、そんな折も折、大変興味深いレポートが提出されました。
経産省は6月17日、「新型コロナウイルスの影響を踏まえた経済産業政策の在り方について」というレポートをまとめたのです。
レポートの主旨は、
- 「2020年1月より世界に広がった新型コロナウイルス感染症の影響により、世界経済は、大恐慌以来の大きな打撃を受けている。
- ワクチン、治療薬の開発には時間がかかっており、このまま接触回避や移動制限が長期化すれば、国内外の経済・社会は、不可逆的なビジネスモデルの変化、産業構造の変化を伴い、「新たな日常」へと至る可能性がある。一方で、その中の多くは、これまでの流れを加速させるものでしかないとの指摘もある。いずれにせよ、変化のスピードは速く、しかし不確実性の高い状態が継続する。
- 今回の産業構造審議会総会では、このような不確実性の高まりの中で、「足下の緊急時対応」→「新たな日常への移行期」→「新たな日常への適応期」と、時間軸と連続性を意識した政策議論が必要であることを問題提起した上で、委員の皆様お一人ずつから、新型コロナの影響を踏まえた経済産業政策の在り方についてご意見を伺い、議論を行いたい。」
つまり審議会にあげるための議論を集約したサマリーといったものです。
そしてレポートは4つの点から構成されています。
Ⅰ.新型コロナウイルスがもたらした経済への影響
Ⅱ.「新たな日常」への移行
Ⅲ.「新たな日常」への適応
Ⅳ.国際秩序の危機、経済圏の分裂への対応
私たちのビジネスを取り巻く外部環境の急激な変化は何をもたらし、また何をもたらそうとしているのか、さらに、急激な変化にどう対応していったらよいのか、とてもコンパクトにまとめられていて、今後の経営の方向性をつかむ意味で大変参考になります。
外部環境の変化を知るエビデンス
つまり、こういうことです。
経営分析の手法に「SWOT分析」というのがあります。内部環境である自店(自社)の強み(S)/弱み(W)とは何か、外部環境の機会(O)/脅威(T)とは何か。それらを分析することによって、外部環境の変化が自店にどういった影響を及ぼすのか、むしろ脅威となる外部環境の変化をチャンスとしてとらえ直して自店の強みにできないか。そんなことを考えるベースとなるものがSWOT分析というものです。
このレポートをSWOT分析で活用したいというのが今回のブログの主旨です。
同時にこのレポートは国の産業政策がどのようなところに力点が置かれているのかの判断の材料ともなります。
具体的には、「雇用システム、人材育成、イノベーションの在り方」、「ビジネスモデル変革や事業転換」、「地域経済の活性化、中小企業の新陳代謝の促進」です。
コロナ禍の現在地を知る
さっそく内容を見てみましょう。
・世界の経済成長率は、リーマンショック時以上の下落となる見込み。世界銀行は、2020年の世界全体の実質GDP成長率は-5.2%に低下すると予測。リーマンショック時の-0.1%を下回る水準。
・4月の時点で自営業者を含めた休業者数は597万人に上昇したこと。前年同月より420万人多く、約3倍強。これは現時点での労働力人口(約6800万人)のうちの9%が休業している計算になること。
・失業率も、今年に入ってから上昇傾向にあり、4月に入って、非正規雇用者数は前月比で131万人の減少。
・リモートワークが難しく、人との接触が多い職業での就業者が、新型コロナによる影響を最も受けやすいこと。
また、こうした職業では、新型コロナ以前から平均所得が低く、より所得格差が拡大する懸念があること。
・一方、ホワイトカラー業務の労務管理の在り方を、メンバーシップ型の時間管理からジョブ型のタスク管理へと切り替える動きがある。(※メンバーシップ型とは、今まで通りの時間から時間まで勤め上げる勤務体制のことで、必ずしも個人の成果がストレートに反映されたものではない。逆にジョブ型というのは、勤務時間は問われず、個人の仕事の成果に見合った報酬制度とすること。今回のリモートワークでジョブ型の労務管理の重要性が認識された)
・テレワークや休業等によって発生した余剰労働時間の使い方に新たな機会が生まれている。ルールの整備や明確化を通じた、兼業・副業・フリーランスなどの多様な働き方への対応や、デジタル経済に順応するための学び直しの強化が必要になるのでは。
・日本の企業は営業利益率が10%以上の企業はたったの10%しかないのに、欧州企業は34%、米国企業に至っては73%もある。反対に、営業利益率10%未満は日本企業で91%、欧州企業で66%、米国企業で28%となっていて、日本企業は利益率がきわだって低い。つまり儲かっていない。
・人のリアルな交流を前提としていた、さまざまなライフスタイルが大きく変容。変化を主体的にとらえる企業には大きなチャンスとなる反面、柔軟に対応できない企業は、当面の雇用維持のための支援策の後に訪れる新陳代謝や産業構造の変化についていけなくなるおそれが。
・今のうちから「新たな日常」を見据えた事業転換、事業再編を促進すべきではないか。また「ダイナミック・ケイパビリティ(企業自身を変革する力)」を高めるため、デジタル化やデータ活用を前提とした事業設計(アーキテクチャー)を行う企業経営への転換を一層強力に後押しすべきではないか。公的支援の在り方も検討すべきではないか。
・新型コロナにより、地方での勤務に積極的な若者が増加。地方での就職・転職への20代の意識の変化。
と、こんな内容です。
受け止め方は人それぞれでしょう。でも確かに言えることは、今回のコロナ禍による外部環境の劇的変化です。この変化にいかに対応していくのかが経営者には問われているということです。
とはいえ、いたずらに危機感をあおる論調が目に付きます。そんな論調がマスコミなどで喧伝されるたびに悲観の色が強まり経営者のマインドが後ろ向きになってしまいますが、正しい情報による正しい経営判断こそが望まれます。そういう場合に、今回の国から出されたエビデンスは正しい情勢分析として参考になると思います。外部環境の現在地はこうなんだという現状把握、そしてアフターコロナにおいての想定できる変化をも把握しておく。
SWOT分析~いかに脅威をチャンスに変えるか
ここで冒頭に申し上げたように、SWOT分析の手法を使いながら、いかに外部環境の脅威を、自店の強みというフィルターを通して強力に濾過(ろか)しチャンスに変えていくのかが、経営者には問われているのです。
そんな観点から、おおまかに4つのポイントとして述べてみたいと思います。
【1】変わる雇用システムとジョブ型成果主義
産業界はジョブ型にシフトしていくのですから、美容業界もどんどんジョブ型にシフトしていけばいいのです。
スタイリストデビュー前のアシスタントは従来通りのメンバーシップ型、スタイリストは完全にジョブ型にシフトする。完全成果主義の給与体制へと移行することです。その場合の給与システムは「人時生産性と直結した給与システム」が望ましいのですが、その給与システムは私のほうで用意しています。それぞれのサロンの事情によって作り込む必要がありますので必要と思われる方はお声がけください。
さらにこのジョブ型を推し進めれば、「業務委託」となります。利益率を高めるには最良の方法です。美容業界ばかりでなく低収益性の問題は日本の産業界共通の問題です。事実、レポートでも多様な働き方を推奨しています。
企業文化が損なわれるのではないかといった懸念がありますが、そんなことはありません。要は正規雇用も非正規雇用も、モチベーションの源泉は同じ人間である限り一緒ですから、求心力を高め、モチベーションを維持し、企業文化の醸成に努めるための仕組みを作ればいいのです。
【2】立地の見直し
レポートには掲載がなかったのですが、今回のコロナ禍で最も打撃を受けたのが商業集積に出店している大型店です。商業集積とは百貨店、スーパー、ショッピングモールなどの業態です。人が多く集まるところで立地としては魅力的だったのですが、それらの商業集積は休業を余儀なくされ、当然テナントとして出店(インショップ)している美容室は休業期間中の売り上げはゼロでした。
またコロナの第2派、第3派がやってくると言われているなかで、その影響は継続するでしょう。
つまり立地の有利性が大逆転して不利となったのです。しかも大型チェーン店は、その事業規模からいって政府の緊急政策の恩恵を受けることがほとんどありません。
代わりに有利となったのが、後背地に住宅地を持つ店舗です。経産省のレポートにある通り、自粛要請中から始まったリモートワークは継続し、都心の美容室から一転して地元の美容室への需要が高まりました。
つまり「地域密着」です。地元住民の掘り起こしのために最適な集客ツールは、巨大集客サイトに代わって、特定の地域で検索できるMEOやアナログのポスティングです。
【3】地元での採用
大きな視点から見れば、今回のコロナ禍ではっきりしたことは、グローバル経済の名のもとに世界中に張り巡らしたサプライチェーンの脆弱さです。同レポートにも「サプライチェーンの見直しや、『密』の回避、テレワークの進展が、地域経済や地域の中小企業に新たな機会をもたらしている」と書かれています。
つまり、地元回帰の傾向がこれから顕著になるということです。経済の活性化は人の移動を伴いますから、地方への就職や転職を前向きに考えている若者が増えていることからも、これから美容師の採用は地域へと流れていく傾向が強まるでしょう。地域の店舗は採用のチャンスです。
【4】新たな事業創出やビジネスモデルの転換
何度も申し上げているように、新たな事業を創出することが希求されています。新規事業創出への着眼点については、私の過去のブログを見てください。とくに大型店は事業規模の大きさが不利に作用していますが、逆にその顧客数の多さからいって、異業種とのアライアンスは好機となります。
また、新規事業というドラスティックなものだけではなく、雇用の在り方を転換することも重要です。業務委託やミラーレンタル、給与システムの改革などといった、採用・育成の新たなビジネスモデルへと転換することも選択肢の一つとしてあるでしょうね。
未来を語る前に、今の現実を知らなければならない。
現実からしかスタートできないからである。
(ドラッカー)