イノベーションの絶好の機会
【経営の原理原則】その㉛
「大きな変化はイノベーションの絶好の機会」
どんな仕事も、どのような産業も、未来へ向けて持続・発展していけるという目算が立つのであれば、イノベーションは起こりようがありません。
イノベーションは、現状のままでは未来へと発展はおろか持続できない、そんな不透明感やら閉塞感、危機感が前提になければ起こりようがないのです。
そういった意味で現在は、イノベーションの機会に充ち満ちていると言えるでしょうね。
ここで念のため、イノベーションとは何か、を定義したいと思います。
イノベーションを表立って取り上げた最初の人は経済学者のシュンペーターで、「創造的破壊」と定義しました。
そしてもうひとり、われらがドラッカーは「イノベーションとは、新たな価値の創造によって市場や社会に変革をもたらすこと」であるとしています。
現在、イノベーションという言葉は一種の流行のように頻繁に語られていますが、私の見聞した限り、そのほとんどが既存事業の改革や修正レベルの新規事業であったり、サービスのシステム上の改変であったりで、“創造的破壊”であるとか“市場や社会の変革”であるとかといったレベルからは程遠いものばかりです。これではイノベーションとは言えません。
創造的破壊をするほどの、社会の価値観を根本から変えてしまうほどの、イノベーションを起こす機会は、今を措いて他にないと言えるでしょう。
なぜなら、何度も申し上げているように、今はパラダイムの大転換期にあるからです。VUCAの時代と言われている現在、現状のコロナ禍が、イノベーションのきっかけを与えてくれていると思うからです。
ここにおいてドラッカーは、手厳しい次の言葉を投げかけるのです。
「これほどにイノベーションが要求されている時代に、イノベーションができないのであれば、たとえそれが今は立派な会社であっても、衰退し絶滅するように運命づけられている。そのような時代にイノベーションをマネジメントできない経営者は、無能であり、そのタスクにふさわしくない。」
イノベーションを起こそうとしない経営者は、経営者失格だとまで言っているわけですね。
そして2500年前の『論語』にはこうあります。
「忮(そこな)わず求めず、何を用(もっ)てか臧(よ)からざらん。子路、終身これを誦(しょう)す。子の曰く、是(こ)の道や、何ぞ以(もっ)て臧しとするに足らん。」
▷「害を与えず求めもしなければ、よからぬことなど起こるはずがない」
(孔子の高弟である)子路は生涯のモットーとしていた。しかし、孔子は言った。
「そうした方法では、どうして良いと言えようか」
これからも波風立てることなく予定調和で生きていくこと。まるで既存の事業のビジネスモデルのまま将来にわたってやっていきたいと同じ意味のことを子路は信条としていたのですが、先生である孔子は、けっして良いことではない、「なんぞもって」と強く否定しているのですね。
たとえば今のコロナ禍の現状は誰も想像していなかった事態です。そんな危機に直面した際に、この現実を直視し、これからどう対応していけばいいのかをシミュレーションし、新たなビジネスチャンスをつかむことができないかと思考回路を開くことができる「君子」こそが、イノベーションを起こすことができるのです。
ところが、反対に「小人」は、現実から目を逸(そ)らし、また良い時代はやってくるとの根拠のない楽観をいだいて、現実をごまかす。これではイノベーションどころか、組織を破滅へと導くことでしょう。
経営者よ、「君子」たれ、ですね。
キャリアパスとリンク
【経営の原理原則】その㉜
「育成はキャリアパスとリンクさせる」
スタッフ本人のキャリアパス、つまり〇年後にはスタイリストデビュー、〇年後には店長、さらに〇年後には独立・・・あるいは、会社に残って教育や採用、集客などの専門部署の人材として活躍したい、いやいや、会社の役員としてマネジメントに従事したい・・・あるいは女性の場合には、出産・子育てから復職できるポストを保障してほしい、などといったような個々のスタッフ本人が将来に描くキャリア。
もっと大きく言えば、人生の「夢」や「ビジョン」です。
そんな夢やビジョン実現のためのポストをお店の側で用意してあげること。
たとえば独立。
完全に今までの会社を退職して自分で思う通りのお店を開業するとしましょう。それも確かにキャリアパスの最終形、つまり自己実現としておおいに賞賛したいのですが、なかなか今の時代、過当競争とコロナ禍などの経営環境の悪化のなか、独立するのは難しいし、独立できたとしても存続するのは困難なことです。
だとしたなら、リスクを100%負う独立ではなくて、のれん分けやVC(ボランタリーチェーン)、分社化など、今まで勤めていた会社と緩やかな連帯を持っての独立とする。こうすれば、人の採用・育成、材料仕入、集客など、さまざまな店舗運営のノウハウを共有できるのですから。
独立したのはいいとして、にっちもさっちもいかなくなって、どこかのFCの傘下に収まるよりもよほどいい選択だと思います。
こういうふうに、スタッフ個人個人の夢、ビジョンに共感して、その実現のためにポストを用意しておく。
これが最強の人心掌握術であり、マインドセットの重要な手法でもあるのです。
「徳治」を行う「君子」たれ
もちろん、会社があってこそのスタッフの夢実現です。
スタッフのキャリアパスプランとリンクさせることによって、スタッフの高いレベルでのマインドセットが可能となるのですが、同時に会社も、新たな業態開発のアイデアが得られ、ひいては新規事業の実現となって、強力な事業推進のエンジンを手にすることにもなるのです。
たとえば、独立希望はさきほど申し上げたようにノレン分けや分社化という組織の新たな発展の形態につながり、出産・育児でのリタイアからの復帰希望は、カラー専門店や主婦が稼働する専門店などの新規事業の業態化につながり、あるいは高齢者対象の福祉美容という新分野への参入へ、または個人の適性を活かしてネイル専門店やエステ専門店などの開設へ、あるいはオンラインでの物販サイトの立ち上げや商品開発などの新分野への挑戦・・・といったようにスタッフのキャリアパスとリンクさせることが、新たな事業分野の創出へとつながるのです。
つまり、こういうことです。
個人の夢実現が組織の夢実現と結合する、ということ。
だから、組織は強くなる、そこで働くスタッフの意識は高くなる。究極の繁盛方程式です。
こういう実例は、じつは多くあります。
『論語』にこういう言葉がありますよね。
「君子は人の美を成し、人の悪を成さず。」
つまり、君子は、人のよいところをほめ、さらに伸びるように導き、欠点があれば、その欠点がそれ以上悪くならないように教え導くのです。
人によって持っている能力はさまざまです。それぞれの持ち味を的確に見つけて伸ばそうとします。欠点については目立たないようにフォローしていく。そして適材適所に人を配して自分の強みとなるキャリアを形成していく。
こういったことをマネジメントできる人が「徳」のある人物です。
さらに「徳」によって組織を統制=マネジメントすることを「徳治」と言います。
「徳治」を行うリーダーが「君子」というわけです。
そして、ドラッカーの言葉も紹介しましょう。
「産業が衰退する最初の兆候は、能力と意欲のある者に訴える力を持たなくなることである。」
能力と意欲のある者を見抜く眼力が必要です。
君子の役割は重要です。そんな君子がいなくなると、会社はもちろんのこと、業界そのものが地盤沈下してしまうとドラッカーは言うのですね。
ぜひ業界に君子出でよ!・・・ですね。
そろそろ君子の養成塾なんて始めようかなって思っています。
「率」で判断する落とし穴
【経営の原理原則】その㉝
「粗利益『率』ではなく『額』で見る」
美容室の財務の特徴として高い粗利益率が挙げられます。だいたい売上に対して90%程度(業務委託を外注費として計上しているところは別)もあります。
あらゆる業種業態のなかで、上位の粗利益率の高さです。
そして、人件費率は56%です。
事情のわからない他業界の人は、粗利益率の高さを聞いて、“儲かっていいですね”と反応を示します。
人件費率は56%も支給すると聞いて、“従業員さんは恵まれていますね”と反応を示します。
でも、なぜか儲からない?
スタッフの給料の額も低い?
どうしてなのか?
それは、「率」で見ていて「額」で見ていないから。
率は高くても額が低い。
その原因は、ひとえに大元となっている売上が低いから、です。
「率」ではなくて「額」で判断してみましょう。
TKCのデータでは、儲かっているところであっても経常利益率は5%台が平均ですから、大元の売上が低いところは借入金の返済にも事欠く有り様です。売上が多くてその割に借入の少ないところは余裕で返済できます。
売上が低いままですから、いくら人件費率が高くても、従業員に支給される年収額は、残念ながら全業種で最低ラインに近いレベルです。
粗利益率や人件費率は高くても額が低いという現実に真っ直ぐに目を向けて、売上をいかに増やすか、経費をいかに削減するか。特に、粗利益額の増加、労働分配率(粗利益に対する人件費の割合)の低減、ムダな経費がないか、削れるものは徹底して削ることに取り組むべきです。
そして、労働分配率は低くても、スタッフに支給できる給料の総額を多くする。これが経営者の知恵です。
「あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。弱みによってではない。したがって、常に問うべきは、『われわれの強みは何か』である。」(ドラッカー)
ということで、もう一度、前の32の投稿とあわせお読みください。
「人生のなかで私が一番好きなもの。それはお金のかからない、誰もが持っている、最も貴重なものだ。そう、時間だよ。」